002

ブリッジ全体に緊張が走っていた。微量ではあるが確かに、今までに無い種類の「ゆれ」を全員が感じていたのだ。
「まもなく2008年時空に進入します。」
他に誰も言わなかったから、とでも言うように霞乃子は形式的な口調で淡々とそう告げた。

ブリッジにいる誰もが気付いていた。本当ならもっと早いタイミングで霞乃子でなくとも誰かしらが言うセリフだった。

ザノビスがためらっているように感じられたのだ。

サブカライトの反応値は確実に上昇を続け、このままだと2008年時空上で限界値を超えてしまうのは明らかだった。M2機関が損傷すればアガルマは間違いなくフォトンの海に溶解してしまうだろう。

アガルマが2008年時空を目指し出航する際、ザノビスはクルーにこう告げていた。

スーパーサブカライトを所有しているのはわれわれだけである。
今後、日本政府と対峙する際の最も有効なカードとなることは明白だ。
エネルギー反応を限界まで計測せずして、スーパーサブカライトを十分に扱うことはできない。スーパーサブカライトが現状、本来の反応を示すのは時空の果て、それも2008年時空上だとスピカは計算している。
わかっていると思うが2008年上にフォトンベルトがあるのは残りわずかの期間でしかない。
今回の渡航が、最大値データを収集する最後のチャンスとなるだろう。
いずれスーパーサブカライトがわれわれの運命を左右するときが来る。
そのためには2008年時空にどうしてもいかなくてはならない。」


―クルーを死なせるわけには行かない―

2008年目前に着て、ザノビスの頭によぎった感情を誰もが理解していた。

「覚悟はできているつもりよ」
サーシャがおもむろにそう言い、シーンが後に続いた。
「みそこなわないでほしいね。ザノビスさんよ」
はっとした顔を見せるザノビスに、そばにいる霞乃子がささやいた。
「サブカライトの未知なる力・・・お願い、見させて」

「行きましょう」
「なんとかなるわ、そんな気がする」
アガルマを操縦する慶太とあかねの声が頼もしく響いた。


「このまま何もなしに2108年に帰っても、どの道ろくなことが待ってないだろうからな」
ダメ押しのようにシーンがそう言うと、サーシャがアイロニックな笑みを浮かべながらつぶやいた。
「それもそうね」

「サーシャ、M2機関のレベルをS級に切り替えてくれ。
全員準備はいいようだな。」

クルーの意志に対し、余計な杞憂を感じていた事を恥じながら、ザノビスはみなを待たせていた言葉を強い口調で発した。
「2008年時空に進入する」

「了解!!」

ただ、フォトンベルトという異空間がそうさせたのかもしれない。そこはすでに現実的な世界ではなかった。エチカのメンバーは指名手配され、地球からも離れ、そして時空という物理的な世界を超越した場所に存在しているのだった。フォトンベルトはあらゆる存在を溶かし込む魔物かもしれない。同時にアガルマのクルーにとって、それは誘惑に似た何かであった。

慶太は吸い込まれるようにアガルマを2008年の時空に侵入させた。機体の大きなゆれは、誘いの合図であるかのように慶太にはとてもスムーズに感じられた。

「時空に歪みが発生している・・・」
シーンが思わず独り言のようにそういった瞬間、ブリッジの面々に強い電流が通過するような感覚が生じた。

すぐ目の前でスポットライトを当てられたように、あかねは目を伏せた。
「あっ・・・なに、この感じ・・・うあっ・・」
その近くでウェルが小刻みに震えていた。
「コワレル・コワレル」

スーパーサブカライトが異常な反応を見せているわ・・・これが本来の力・・・」
顔色を変えることの少ない霞乃子が笑みを浮かべているようにも見えた。

ザノビスは叫んだ。
「アガルマの時空内実体は持ちこたえられるか、サーシャ」

「なんともいえない状況だわ・・・計算上では64%を保つのがやっとというところね。ただスーパーサブカライトの反応値が臨海点に達したら・・・確実にアウトよ」

「M2機関がいかれちまったら2108年に戻れなくなっちまう・・・」
一応、確かめるようにシーンはそう言い、そして続けた。
「ちょっと待て・・・ものすごい反応値だ・・・時空の歪みも激しくなっている・・・これ以上ここにとどまるのは・・・やばいぜ、ザノビスさんっ。このままだとアガルマごと時空に溶解してしまう」

目が覚めるようにクルーを襲う現実的な恐怖とは裏腹に、モニターに映るフォトンベルトの姿はより幻想性を増していた。

「サーシャ、M2機関にリミッターをかけてくれ。そのまま機動力をゆっくりと時間をかけて半減させるんだ。同時にあかねはアガルマの軌道を後方に修正、慶太はフォトンベルトの歪みとの同調を試みてくれ、同調率が正常値を示した瞬間、一気に脱出する。」
ザノビスの早口ではあるが、一語づつ正確な口調による指示で、クルーの意識が集中力を取り戻した。

「はいっ」


2008年時空への渡航の目的が一瞬で皆の視野から離れようとしていた時、ただ1人スーパーサブカライトの反応値を気にかけていた霞乃子はある異変に気が付いた。
「一体何が・・・・どういうこと・・・M2機関エンジンルームに・・・・・・」
霞乃子の声は震えていて最後の方は発声することができなかった。

隣で霞乃子の動揺を察知したシーンもその異変に気付き、目を見開いて叫んだ。
「侵入者!?エンジンルームに侵入者だ!!」

001

フォトンベルトは2060年、宇宙にその実在が確認された。時間と空間が交じり合うフォトンベルトでは、4次元とも5次元ともいわれる「時空」が形成されていたのだった。M2機関を機動力とした特殊時空艦の開発によって、人はフォトンベルト内への進入、そして「過去の世界」へ行くことを可能にした。
フォトンベルトは現時点で2008年のある時点から2108年のある時点に存在しており、「過去」の消滅と「現在」の拡張を繰り返していた。別の言葉で言えば、フォトンベルトは100年の時空を時の経つのと同じ速さで移動しているのだった。

アガルマのブリッジでクルー達は各自の配置に付きながら、ウェルが艦内食堂から運んでくれた簡易フードを食べていた。トマトソース・スパゲッティー風味のブレッドタイプ簡易フードを頬張りながら慶太は言った。

「2008年、100年前の世界・・・。むかしの映像は何度も見てはいるけど、実際にこの目で見て、体感したいな・・・。アガルマで地上に降りるのはやっぱり不可能だろうか。」

特定の誰かに尋ねたというようではなかったが、それに対し一番適役のサーシャが答えた。
「アガルマに光学迷彩をほどこしても、人工衛星、その他に感知される確率は高いわね。そしてなにより、地上に降りたとして、わたしたちが何者かと接触した場合のタイムパラドックスのリスクは避けられないわ。」

タイムパラドックス・・・。2108年に戻って・・・たとえば自分達が存在しない世界になってたらそりゃ恐ろしいだろうな。」顔をしかめながらシーンが言った。

「んーそうか、やっぱり無理かな・・・。くやしいな」

「慶太は2008年の世界で一番見たいものは何?」
そうあかねが聞くと、なぜかウェルが答えた。

「ケイタ アキハバラスキ アニメ コスプレ」

「ごほっ、こらっウェル!」
慶太は口の中のものを吐き出しそうになりながら、ウェルを小突いた。

不思議そうに慶太の顔色を覗き込みながら、あかねが聞いた。
「アニメ・・・レトロな響きね。今でもアートとしてごく少数の愛好者がいるって聞いたことあるわ。アニメってどういうのかよく知らないけど、昔のはなにか違うの?あと、・・・そう、コスプレって何?えーと、それから秋葉原ってバーチャルゲームの制作会社が密集してる秋葉原でしょ?」


「ごほんっ」と息を整える慶太。
「コスプレについては、ちょっと説明しづらいな。・・・秋葉原はアニメやアニメゲームの中心的街だったんだ。ゲームと言っても今で言うゲームとはまるで違うし、そしてアニメにしても、何が違うかといえば・・・もうまったく違うんだけどね。正確に言えば、日本のアニメだけが違うんだ。とにかくその絵柄は今の人が見ても、まず感情移入が難しいだろうね。キャラクターのディフォルメや表現形態が一風変わっていて、普通、気味が悪く見えてしまったりする。」

「ちょっとイメージできないんだけど。で、慶太はその、むかしの日本アニメが好きなんだ。」

「まあ・・・そうだね。」

「もったいぶっても、正直あまり興味が沸かないわね」

「ケイタ フルクサイ ヘンナノ」

「こらぁウェル、ただの懐古趣味みたいに言うな」

「あれ、違かったの?」

「まったく・・・。日本人が作るアニメは特殊な記号がものすごく洗練されたかたちで幾重にも折り重なって独特な文脈を作り上げるんだ。そして虚構への深い感情移入を可能にさせる。バーチャルリアリティーの技術が当たり前になってしまった僕達の時代からはとても想像しづらいよ。僕ら100年後の現代人はそういった感性をすっかりなくしてしまったんだ。」

二人とウェルの会話を聞いていたザノビスがおもむろに口を開いた。
「いまや複雑な感情の回路は経たれている。すべてが即物的でなければならない。」

一瞬の間をおいてサーシャが続いた。
「記号の組み合わせを文脈に転換させる感性・・・。今では人間よりAIの方が優秀じゃないかしらね。」


2108年―デジタル化した社会。個人のあらゆるデータ、健康状態から嗜好性、行動心理・・・膨大な量のデータが毎日、政府の巨大なコンピューターに集積され、そして「数値化」されていく。公共サービスのための身分データ以外は、匿名で送られ、そのデータはコンピューターによって管理されているから、人々のプライバシーが侵害されるリスクはほとんど無いとされている。国家が集めたデータは各企業とネットワークで通じており、それぞれのサービスに生かされるのだ。人々は自身の正確なデータを把握し個人の高機能モバイルに保存すればするほど、企業によって自分に適したサービスを自動的に提示され、また効率よく提供される。人々は便利で合理的に、より「無駄」の無い充実した生活を送り、ひいては理想の人生が送れるというわけだ。ほぼ自分の寿命が測定できる時代に、人々は“有限の時間”という感覚を肥大させ、人生からできる限り「無駄」を排そうとしたのかもしれない。


だれもが口には出さない

「無駄」というものの中の一つ。





他者とのコミュニケーション。






“人とのコミュニケーションは、大体において無駄なことではないだろうか”

そういった思いが人々の意識に芽生えだしたのはもう半世紀以上前のことだった。



おのおのが思索をめぐらし、ブリッジをしばしの静けさが包んでいたが、沈黙と食事の時間を締めくくるようにザノビスは話し始めた。
「社会の工学化以前、アナログの時代の人々にとって世界は透明なものではありえず、経験や偶然性の中で生活が営まれていた。現在から見れば無駄を繰り返えすことが、すなわち人生であったとも言えそうだ。
その中で、「選択」という言葉は今と比べ物にならないほど重要な概念として人々に共有されていた。
個人はあらゆる選択を迫られ、責任のもとに実行し、失敗し、また何かを発見した。
現在多くの人にとっては当たり前だが、「選択」は個人のデータにのっとって他の誰でもない・・・そう、コンピューターがしてくれるだろう。そして個人に適したサービスを企業側は常に用意し、常に提供してくる。
それが我々の存在する世界だ。」

〜〜〜〜〜〜〜〜


「現在2017年時空上。フォトンベルトの果て2008年時空まで、のこり90分あまりの地点にきています。
サブカライトの反応値は微量に増え続け、やや高め。ほか異常なし。
このまま向かいますか、ザノビス。」
オペレーターのシーンが艦長に確認を求めると、クルーの全員がザノビスの言葉に意識を集中させた。

「このまま行こう。これまで2008年時空に来た艦はない。みんなすでに知っていると思うが、スピカの計算ではそこで起こりうる問題のほとんどが計測不能と判断されている。
気を抜くな。」
ザノビスは口調を強め、船舵手の二人に向かって続けた。
「慶太、あかね、安定値を保って2008年時空で静止してくれ。・・・出来るか」

「やってみます」

「やってみるわ」

000 プロローグ

西暦2108年―。
巨大な謎という概念そのものが実在として、遥か彼方、無限に広がっているような空間−宇宙はいまだとてもではないが、人間が手を加えられるような相手ではなかった。それは共生の対象ですらもない。広大な暗闇、そして光、神秘的と感じた瞬間、それをすぐに覆したくなるような、いわば純粋な唯物論的世界が変わらずにあった。
宇宙旅行は資産家にとっての一種ステータスのようなものとして一部で盛んになってはいるが、とても一般的なものではなかった。居住空間が作られるような動きも当面無いだろうというのが大方の見方である。
そんな中、バカンスとして地球を離れる旅行者とは対照的に、“追われる身”として地球から逃亡を企てる一群が存在していた。

今、日本政府によって指名手配された反政府連盟の特殊時空艦は、フォトンベルトで過去と未来を繋げていた。


しんと静まり返ったアガルマのメインブリッジで、副操縦士を務める三田倉あかねがふいに、やや興奮した声色を発した。

「2031年、時空を通過しますっ。」

その声にこたえて、さらに興奮した声を上げるのは、隣に座る操縦士のツクモ・慶太である。
「サブカライトが発見された年だ!!」。

メインブリッジにいる6人のクルーのうち、艦長のザノビス以外の者が一瞬、慶太のほうへ目をやった。その中でもっとも大きなモーションを見せたのは、普段他のことには反応が乏しい美咲霞乃子であった。無言のままではあるがツクモの方へ向け瞳を輝かせている。「サブカライト」に対する好奇心を霞乃子はいつも隠そうとしない。

慶太に向かって、オペレーターの才門・シーンが目を細めて、少しおちょくるように言った。
「おいおいびっくりさせるなよ、なに?歴史マニアの血が騒ぐってか?」


「そんなんじゃない・・・サブカライト発掘の経緯はいまだ謎に包まれている。急に偶然見つかりましたって訳にはいかないはずだよ。・・・それから僕の歴史への興味は21世紀の初頭までだよ!ゴニョゴニョ・・・」

「もうっ、わかったわよぉ。はいはい」饒舌が加速しそうな慶太を苦笑いのあかねが遮る。

「・・・ただ2031年が日本の歴史を転換させた決定的な年であることに間違いは無い」。
一転、落ち着き払って慶太はつぶやいた。

サブカライトは2031年に小笠原諸島近海で発掘された、まったく新しいタイプの鉱物である。日本政府の公的研究機関ACOは、M2機関を開発し、サブカライトから高エネルギーを発生させることに成功。サブカライトとM2機関は、石油枯渇後の世界のエネルギー事情を一変させることになった。サブカライトを独占する日本はその後、世界とは隔絶した独自の政策路線を歩み始めたのだった。


「2031年上に入ってからサブカライトの反応値が急に上がってるわね。発見された年が関係している?・・・艦長、調べてみたいんだけど、ちょっとの間停泊できるかしら。」
エンジニアのサーシャ・夏目が艦長のザノビスに向かって問いかけた。

「2008年の調査をしたいんだ。地上時間の明日までに2108年に戻りたいから、今回は遠慮してほしい。」
ザノビスは先ほどからずっと、宙の同じ一点をみつめているようだった。

「そう、わかったわ」
とくに不服ではないといった口調で顔色を変えず、サーシャは取り掛かっている仕事を進めた。
「ウェル、資料室からM2−RSのデータを取ってきてちょうだい。」

「オーケー サーシャ 2フン15ビョウイナイニモドル」
サーシャの支持を受けAI知能を搭載された小型ロボットのウェルが空中をクルクルと転がりながら、ブリッジを出て行った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

スーパーサブカライトをエネルギーに持つ『アガルマ』はザノビス率いる反政府組織『エチカ』の面々が搭乗する時空艦である。
メインブリッジ内の巨大モニターに映し出されているのは、フォトンベルトの少し靄がかかったような薄紫色のゆがんだ景色だった。移動しているという物理的な感覚よりは、めまいという空間が目の前に出現している、そんな感覚であろうか。サブカライトの反応値と量子コンピュータ「スピカ」の計算値から時空内におけるアガルマの現在地が導き出される。
アガルマは1年の時空を約10分で越えるのだった。

2031年の時空はサブカライトに高い反応値を示したほかに特に変わったことを起こさなかった。
宇宙の静かな時間はとても優雅に過ぎていく。


「2028年時空以降、サブカライトの反応が徐々に安定しだしました。」
霞乃子が抑揚を感じさせない、粒のそろった一定のリズムで、インカムに向い言葉を発した。

「そうか、ありがとう」
同じようにザノビスもインカムで霞乃子に答え、インカムを切り、今度はブリッジ中に聞こえるように言った。
「食事にしよう、ウェル頼んだよ。」

さっきから退屈そうにブリッジを浮遊していたウェルは、クルクルと回転しだしたかと思うと「マカセロ」とだけ言ってブリッジを急いで出て行こうとする。
「ウェル、ちょっと待て。ブリッジ内で済まそうと思うから簡易フードを適当に見繕って運んで来てくれ。わかったかい。」

AIの経験値が十分でないウェルに対して言葉の順序を間違えたかな、と思いながらザノビスはすぐに付け足した。
すでにブリッジにはいないウェルの声が遠くから聞こえてきた。
「マカセロ」


フォトンベルトの時空圏は2008年以前にはやっぱり広がらないのかしら」
アガルマを自動操縦に切り替えたあかねが、ブリッジ中央にいるザノビスに問いかけた。
「スピカはそう判断している」
ザノビスのあっけない答えに、多分具体的な答えは返ってこないだろうと予想しつつあかねは質問を少し変更した。
「2008年ってちょうど百年前というほかになにがあるの?」


「2008年の世界・・・。『情報』の概念が一般に広がり、それ以前よりはるかに高度になった資本主義、そして性急なグローバル化が世界の隅ずみまで浸透して行き、各地で軋轢を及ぼし始めた初期の段階。そのあたりは現在のわれわれにも共有の問題としてある。それからインターネットの環境を初めとした工学的技術の社会化、デジタル社会はいまだ発展段階で、インフラとして、いまだ機能してはいなかった・・・が実際的な問題として本格的に議論に挙げられ始めた・・・それは後に新しい形の保守派と革新派を生み出す要因となった。質問の答えになっていないか・・・どう思う、慶太」

「えっと、アメリカに初の黒人大統領が誕生しました。それから日本では当時、それまで半世紀以上、実質政権を牛耳っていた政党の機能が著しく低下しだしました。ゴニョゴニョ・・・」

「あー、そうなんだ、なるほど。ふむふむ。」
その辺、あまり興味は無いけど、というニュアンスを込めてそう言うあかねに、サーシャが
「いまだアナログ的なものが社会を規定していた世界。あかねはアナログな社会って想像できるかしら」
と問いかけた。

「アナログ・・・わたしアナログという言葉自体の意味がよくイメージできないかもしれない」

「2008年の人間には逆に、次第にデジタル化される社会はなかなかイメージできなかったんじゃないかしらね。もちろん私たちもデジタルの社会を日ごろ意識しているわけではないけれど。実のところ私もアナログな社会をイメージしづらいわね。」

「人間の世界観が変わる、節目の時代って訳か・・・」シーンは言った。

「実に興味深いですね」
という慶太の興奮とは対照的に、静かに、だがしっかりとした口調で霞乃子はつぶやいた。

「2008年、アナログな世界」