006

「みんなよく似合ってるねー」

エチカの制服に着替えた5人の少女たちにあかねは笑顔で声をかけた。
それはあかねや霞乃子が着る制服とは違い、鮮やかなシルバーとピンクを配色したタイプだった。
数日後、ザノビスを訪ねアガルマに来客があるため、少女たちはエチカの構成員を装わなくてはならなかった。北九州市で行われた反政府連盟共闘会議で、ザノビスは彼女たちのことを誰にも伏せていた。それはただセンセーショナルな話題の提供以外になにも意味しないだろうと思われたからだった。

「なんか気分出てきたー、きゃは、かわいいねー」
ミコスは無邪気にくるっと回った。

「かわいい・・・はぁ」
アリースは悩ましげに瞳を潤ませた。
少女たちはみな一様にうれしそうな顔を見せた。

あかねは彼女たちの言う「かわいい」という言葉の使い方に違和感を覚えた。
反政府組織の制服に「かわいい」という言葉はあまり似合わない、そう感じたのだがすぐに、彼女たちにはもともと関係ないことだものね、と思った。
一方慶太はニコニコしながら、「かわいい」という言葉にも素直にうなずいていた。
慶太は鮮やかなこのタイプの制服が好きだった。

「これってなんだか・・・コスプレみたい・・・だね」
ウルルースは少し恥ずかしそうに照れ笑いした。

「確かに!そうかもしれない。そうだ、これコスプレだよー」
アーンスがそういうと、
「だよね」
とマイースが笑みを浮かべながら即答した。制服を着た瞬間からそう思っていたようである。
彼女たちはいっそうの笑顔を見せていた。

「ハハハッ、コスプレかー、ハハハハハ」
一緒になって楽しげな慶太を見て、あかねは「コスプレ・・・?」と不思議に思うと同時に、少し悲しげな顔をした。

あかねや霞乃子、サーシャは地味目の制服を着ていた。現在エチカがおかれている立場を考えるとそれは当然であったかもしれない。
エチカがまだ指名手配される前、この鮮やかな制服はイメージアップや宣伝のために準備されたものだった。お蔵入りとなっていたところ、100年前の普段着でトリコマレた少女たちのために、思わぬ出番が回ってきたというわけである。

「そろそろ時間ね、さっ、慶太行くわよ」
腕時計を見てあかねが云った。
ザノビスから共闘会議の内容について報告があるため、ブリッジに集合する時間であった。

「おっと、じゃあみんなまたあとで・・・君たちの今後についても・・・話があると思う」
慶太は少し神妙な表情を見せてしまった。
それは少女たちに一抹の不安を感じさせた。


〜〜〜〜〜〜〜
ブリッジでミーティングが始まった。クルーたちは中央に集まり、いつも決まったポジションに腰掛ける。

「まずフォトンベルトに潜伏するものを専門に取り締まる公安特別警察の存在、その噂は本当だった。先日、テウカウ派の艦が追跡を受けたらしい」
クルーたちの険しくなった顔を順に見つめ、ザノビスはつづけた。
「まだフォトンベルトでの経験はわれわれに分があるから、物理的な接触もなくひとまず逃れられたようだが、今後、次第に脅威となることは間違いない。敵はグラナダ級の巨大な艦だ。通信で警告とともに『ジェネシズ』と名乗ったようだ」

グラナダ級、ジェネシズ・・・M2機関兵器は当然搭載しているでしょうね」
サーシャがつぶやいた。

「だろうな」
すぐにシーンが答えた。

「われわれの艦も武装を強化しておく必要がある。霞乃子、そっちはどうだ」
「手配はすんでいるわ」
霞乃子はエチカに協力する地下組織にアガルマの装備を要請していた。
それから、スーパーサブカライトのデータをもとに、その最大エネルギーを許容できるM2機関の設計理論を提示し、製造の依頼もしていた。
霞乃子はスーパーサブカライトの覚醒をただ祈るばかりだった。
そうでなければ新しいM2機関の搭載は無駄に終わる。
M2機関を開発した元ACOの技術者たちの約半数が反政府連盟に存在しているため高度な技術提供が得られたのだ。その技術は政府の研究機関を上回るほどであった。

ザノビスは報告を続けた。
「次にボルスの工場爆破計画だが・・・やはり決行することが決まった」
国内軍需産業最大手の半公営企業がボルスである。
国際連合からも脱退し永世中立を宣言している日本政府はしかし、後発の高度資本主義国に「全世界の武力の均衡化」と称して強力な兵器を次々と輸出していた。もちろんサブカライトとM2機関兵器に関しては別である。日本は自国の完全な有利のもと、偽善的な外交政策をとったが、その見え透いた態度に対し、有効な反撃を図る国は無かった。
日本から武力援助を得ている国では例外なく過剰なナショナリズムの勃興が見られた。

野党第一党ACOが輸出目的の軍事産業の即時撤廃を訴えているが、政府は聞く耳を持たない。
業を煮やした反政府連盟は以前から計画していた作戦を実行に移すこととなったのだ。

「声明なしで一週間後、まずボルスの静岡工場をランセーズが中心となって爆破する。すぐに声明は日本政府へ向け発表されるが適切な対応がない場合、別の工場をテウカウ、菊丸両派が爆破する。おそらく目標はボルス最大の茨城工場になるだろう。エチカは作戦には直接参加しないが、声明は反政府連盟全体の意志となることを会議で確認した・・・人的被害に及ばない限りでだが・・・。」

エチカは当初から作戦に否定的だった。しかし共闘に反対すれば、エチカは日本政府のみならず反政府連盟を即刻敵に回すことになるだろう。サブカライトを所持しフォトンベルトに逃亡する組織の一つとなった時から、エチカは苦渋の決断を余儀なくされていたのだ。

クルーの表情はいっそう険しくなった。

共闘会議ではもう一つ、大きな話が持ち上がった。
菊丸派のイデオローグ菊丸翔道から、“九州全体を反政府連盟の自治区にする”という案が出されたのだ。
場内にざわめきが走ったという。各有力セクト内では近似の案がすでに議題に上っているようであったが、現段階の共闘会議において話される内容として時期尚早であることは明白であった。
それを知りつつ、菊丸をもってして先走らせるのは、セクトの主導権争いが根にあるからだろうとザノビスは言った。
九州奪取の具体的な方法などはもちろん話されなかったという。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「ところで慶太、彼女たちの様子は・・・どうだ?」
ひととおり共闘会議の報告を終えたところで、ザノビスが聞いた。

「今のところ・・・元気というか楽しそうです」

「きっと、すぐ元の世界に戻れると思っているわよね・・・たぶん、解離についてもちゃんと分かっていないと思います。私だってもちろん正確に理解できないけど。」
あかねが言った。

「特殊な状況に置かれて一時的に記憶がなくなってる、そう思ってるんじゃないかしら」
そのサーシャの予想はたぶんあたっているだろうとみなが思った。

「早めに話してやったほうがいいんじゃないか」
当初それほど興味のなさそうだったシーンも同情を感じていた。

「・・・そうですね」
慶太はうつむいて云った。

「まず解離した元の人物―ホストパーソナリティーを2009年の地球上から探し出すことは困難を極めるということ。けど・・・これは完全に不可能というわけではない」
サーシャは事実確認を始めた。

「その元の人物たちは、解離した別の精神が未来で物体化しているなんて夢にも思わないで、いまごろ普通に生活しているのよね・・・」
あかねはいつものように素朴な想像をした。

「元の人物が見つかったとして、次に、彼女たちが元の人物の精神の中へ戻る方法を解明できるあてが、いまのところまったく無い」
サーシャがそう言うと霞乃子が
「トリコマレの原因となったスーパーサブカライトの本来のエネルギーを引き出せない限り、余計その可能性はなくなる」と淡々とした口調で言った。

「だけど・・・もっとかわいそうなのは・・・」
あかねは言うのをためらいつつ、続けた。
「もともとサブパーソナリティーとしての精神だった彼女たちが元の人物の中に戻るということは・・・今は存在している彼女たちだけど・・・いなくなっちゃうってことよね・・・ほとんど・・・完全に」

慶太は歯を食いしばるような顔を見せた。

「そう、そしてホストパーソナリティーの意識の隅で彼女たちの意識は、かすかな夢の記憶のように残る程度よ・・・」
サーシャは目を瞑りながら話していた。

「・・・そのことだけは今は・・・まだ言わないでください・・・」
慶太の声は少し震えているようだった。
慶太にとっては奇跡的でこの上なく貴重な出会いであるはずだった。
しかし彼女たちの存在自体がこの上なく曖昧でそして悲劇的であった。


「・・・・・」

ブリッジは時間が止まったように静かになった。

〜〜〜〜〜〜
ザノビスの指示で、ウェルがブリッジに5人の少女たちを連れてきた。
少女たちはブリッジの巨大なメインモニターに映るフォトンベルトの幻想的な世界を見て
言葉を失った。
「・・・す、すご・・・」

慶太が中心となり、トリコマレた少女たちの現状が詳細に伝えられた。
ただやはり元の精神の中に帰ることが、彼女たちの消滅を意味するということは伝えなかった。
もしも帰る術が解明されるなら、そのときがそれを伝えるタイミングであり、今のような現状では告げることに積極的な意味はないであろうという結論が出たのである。

少女たちは慶太の説明を聞きながら、パズルのピースをはめ込んでいるような目になった。
しかしなかなかほしいピースは見つからなかった。

「ということは・・・私たちって誰かの分身みたいなものなんですか?」
ウルルースがきょとんとしながら言った。

「・・・そういうふうにも言える・・・かな・・・」
慶太が複雑な心境でそう答えると、ミコスは上のほうを向き人差し指で何かを確認するようにしながら

「じゃあ、あっちの世界ではちゃんと元の私たちが生活しててくれるから、すぐに戻らなくてもいいんだ。・・・っていうよりだいたい戻る方法がわからないんですよね?」
と云った。

「そうなんだ・・・」
慶太がそう答えると、しばらくのあいだ沈黙が続いた。



「記憶がぼんやりとしすぎてて、戻る場所がどこなのか・・・戻る場所がほんとにあるのかさえイメージできない・・・」
アリースは遠くを見るように云った。

「なんだか“どうしても戻りたい”っていう気持ちがわいてこないのは、なぜかしら・・・」
そう言うマイースに、実体としては存在していなかったからだろうと思ったが、サーシャそしてザノビスも口に出すのをやめた。

「この状況じゃ何を考えればいいのかすら分からないかも・・・」
アーンスは組んでいた腕をほどいた。
そしてまたしばらくのあいだブリッジは沈黙となった。



「でもまあ・・・」
ふいにマイースが言った。
「ここに来た回路があるのなら、戻る回路もきっとあるんじゃないの」
妙に説得力のある口調だった。

「スピカ・・・でしたっけ、そのスーパー量子コンピューターが頼りですね!!ふむふむ」
続くアリースは興味津々といった目つきをした。

ものすごくポジティブだ、と思いながらザノビスは彼女たちを見た。

「とにかくしばらく厄介になるんでしたら、ただでいるわけには行かないので・・・何か仕事をください!掃除とか洗濯とかしちゃいますよ!」
真剣な顔でそう言うアーンスに、すぐザノビスが返答した。
「いや・・・われわれが2008年時空に行かなければ、トリコマレは起こらなかった・・・だからここにいることを気にする必要は無い・・・だが少し協力を頼みたいことがあるんだ」

「なんですか?」
ウルルースが訊いた。

「君たち100年前の人間の細かいデータを解析したい」

「データ・・・?」

「われわれの暮らす2109年では個人のデータをコンピューターに解析させ、その個人にとって、もっとも合理的で効率の良い選択を導くということが日常的に行われている」

「あの、もしかして知能テストとかしますか・・・。私あんまり得意じゃないけど・・・」
ミコスが眉毛をへの字にして云った。

「知能のような能力的なこととはべつに、1億数千万の個人の細かい行動パターン、心理、嗜好性などの膨大なデータが毎日集められデータベースとして蓄積されている。それをもとにコンピューターが個人の合理的行動を計算処理している」
ザノビスの説明を引き継ぐようにサーシャが訊いた。
「たとえば今日の朝食で何を食べるのがもっともふさわしいか、あなたたちはどう決める?」

「ふさわしいとかはあまり考えないと思う・・・気分・・・かな?」
ウルルースがそう答えるとザノビスが云った。

「2109年の日本人は、合理性で決める。寿命から逆算した健康状態の維持、脳の活性化、精神の安定化、その日によって何がふさわしいかがデータベースから導かれる」

「寿命から逆算って・・・自分の寿命が分かってるの?」
アリースの目は点になった。

「さまざまデータによって、生まれ出た瞬間に寿命の日時を計算できる。ちなみに私の自然寿命は2168年の11月2・・・・」

「わわわ・・・言わなくていいです」

「自分の寿命がそんなにはっきり分かってたら、細かく計画立てて合理的に行動したくなるのかもね・・・」
イースが声のトーンを落として言った。

「スピカに寿命を計算してもらうかい」

「やめときます!」

「2109年の日本人には寿命までの予定、たとえば2万日なら2万日、すべての日の行動予定を立てている者も少なくない。無駄な時間が無い、合理的な行動予定を」

「き、きもい!」
アーンスは奇声を上げた。

“キ・モ・イ?”
クルーたちの知らない言葉だった。

「毎日こまめに正確なデータを記録すればするほど、正確な解答が導かれる。逆にデータが正確でなければ誤った解答が帰ってくるのだが・・・」
話が詳しくなりすぎるとややこしく思うだろうと、ザノビスは途中で止めた。

「それで、私たちの細かいデータを解析してどうするんですか?」
ウルルースは訊いてみた。

「現在の人間のデータと比べてみたいんだ。現在の・・・2109年の日本人の認識や感性はどこかで誤ってしまった、その結果だというように思えてならない」

「とにかく、朝ごはんに何が食べたいかとかを毎日記録すればいいのね・・・あれ、違ったかなぁ・・・まあ、そんなことでいいならぜんぜんやります」
ミコスがハキハキとそういうとみんなも続いた。

「協力しますよー」

「わたしもしまーす」

「・・・ありがとう・・・ちなみにここにいるわれわれはみな、幼い頃にはすでに個人データの記録も、データベースとコンピューターによる行動判断にもあまり関心をもてなかった。2109年ではごく稀な変わり者かもしれない。それが災いしたのか、いまでは指名手配されてる身だ」

「悪い人たちには見えませんよ・・・逆に変わり者で良かったです。2万日の行動予定を立ててる人じゃなくて・・・安心しました」
アリースがそう言うと少女たちはみな渋い顔をして「うんうん」とうなずき、そして顔を見合わせて笑みをこぼした。

慶太は安堵のため息を漏らすと同時に、目を潤ませた。