005 2008年組
フォトンベルト内のM2機関と地上のM2機関との間に人工フォトンを発生させることにより、光学迷彩を施した時空艦は、探知されることなく時空間移動を行えた。
フォトンベルトに逃亡した指名手配中の反政府連盟は密かに、それも容易く地上と宇宙を行き来していたのである。
2109年時空に戻ったアガルマは直ちに人工フォトンを経由して地上に向かった。
北九州市にある反政府連盟の集会施設では非公式に共闘会議が行われており、
ザノビスとシーンはその会議に参加しなければならなかったのである。
日本国は形式的に民主主義の国であるため―しかしほとんどの国民にとって政府の堅い計画経済あるいは超福祉政策は空気のように当然の環境であり、民主主義の理念は、あってないようなものであるが―、反政府連盟の存在および政治活動は合法的な範囲で建前として認められていた。
反政府連盟の公式的な会議は頻繁に行なわれていたのだが国民の関心はとても薄かった。
一方、私的なサブカライトの所有が禁止されて以来、指名手配となりフォトンベルトに逃亡した組織が参加する、今回のような会議は非公式で行なわれていたのである。
ザノビスは会議の中で、フォトンベルトの果て―2008年時空への渡航を成功させたこと、そしてスーパーサブカライトの反応値データ88%の収集ができたことを告げた。
「これが反応値のデータです。通常のサブカライトの約80倍のエネルギーを示しています。それから、これまで未確認の電磁波や粒子線も観測されました」
それに対し有力セクトの一つ、ランセーズの福永一樹が訊ねた。
「それはすばらしい功績でしたね・・・、しかしスーパーサブカライトの覚醒は特別な環境化でのみ可能だという話を聞いたことがありますよ・・・、それが2008年時空だと。ただし2008年の時空はすでにフォトンベルトには存在しませんし、なにより現存の場、それも地球上でその威力が実用化されなければ意味を成しませんね。実用化のめどは付いているのですか?」
まったくめどは付いていなかった。むしろ絶望的であった。
しかしザノビスはそう問われることをすでに予想していた。
直接的な返答を避けつつ話を転換させ、逆に反政府連盟の共闘において、今後一番の争点となるであろう問題を持ち出した。
「スーパーサブカライトが驚異的なエネルギーを宿しているというデータが証明されたこと自体に、対政府との交渉において意味をなすことだと考えられますが、いかがでしょう。さて、福永氏は今、実用化ということをおしゃられていましたが、福永氏の言う実用化とは何を意味しているのでしょうか?それは兵器に関することですか?」
「はははは、どうでしょう、色々とありますでしょうが・・・それも踏まえてということです」
“実力行使の路線は変更していない・・・多分テウカウ派そして菊丸派も”
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アガルマではサーシャと霞乃子がスーパーサブカライトの組成を分析していた。
ついで2008年上で計測したスーパーサブカライト本来の反応値データをもとに、その驚異的なエネルギー制御が可能なM2機関の改良を急いでいた。
データをもとにスーパーコンピューター・スピカの計算から導かれる設計図によればM2機関の改良はそう難しいことではない。
スーパーサブカライトをコントロール可能なM2機関が完成すれば、今後の政府との交渉は有利に働くはずであった。
だがそれには重大な課題が残されていた。
スーパーサブカライトが本来の反応値−威力を示すのはなぜか2008年上だけである。
すでにフォトンベルトは2008年から過ぎ去っていた。
本来の反応値を引き出さない限りスーパーサブカライトは、劣化しないことを除くと通常のサブカライトとなんら変わらないのである。
スーパーサブカライトの眠ったエネルギーを呼び覚ます原因、それを究明することが急務であった。
しかしスピカによれば、それは絶望的に困難であると解答されたのだ。
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医務室で慶太は一向に目覚めようとしない少女たちを見ていた。
「死んでいるように動かないな。ずっとこうなのか?ウェル」
「ゼンゼン ウゴカナイ」
対照的にウェルはいつものように宙に浮きながらクルクルと回転していた。
100年前の世界を知っている存在、慶太にとって彼女たちは憧れの対象であった。
サーシャが言うようにこの娘たちは目覚めないほうがいいのかもしれない。
自分たちの状況を受け入れるだけでも相当な苦悩を背負うことになるだろう。まして、目覚めたとしてそれからこの娘たちはどうなる?
「ケイタ ゲンキダセ」
ウェルが声をかけた。
慶太は気の抜けた表情で100年前のアニメ雑誌のページをペラペラとめくっていた。
レトロショップで購入した慶太のコレクションの一つである。
アニメ雑誌には付録のDVDがついているのだが、コレクションとしての価値が下がるため、慶太はいまだ未開封にしていた。
いつまでも横たわるだけの彼女たちを目の前にして、やりきれない気分を解放しようと慶太は思い切ってDVDの包装を開封した。
「このDVDは100年の眠りから、いま目覚めるのだ」
照れ隠しのようにわざと大げさな口調で言って、慶太はこれまたレトロなポータブルプレーヤーにDVDをセットした。
しばらくしてアニメのオープニング映像が軽快なテーマソングとともに流れ始めた。
いわゆる戦闘美少女系アニメの映像に、慶太は一瞬にして見入ってしまっていた。
『あなた結構やるわねー、じゃあこれならどうかしら!くらえー』
『うあっ…、なんて攻撃!?こんなのまともに食らったらひとたまりもないわ!』
色鮮やかなコスチュームのキャラクターたちの荒唐無稽なアクションが展開された。
慶太はレトロアニメのキャラクターたちの独特な声色が好きだった。
『ひゃっひゃっひゃっー。もがき苦しむがいい!!』
『やばいっ・・・やられる。もうだめ・・・』
『調子に乗るのも、そこまでだよっ!』
『げげっ、なに奴!?』
“えっ、ちょっと何・・・”
『シスター仮面さまっ!!助けに来てくれたの!』
『何とか間に合ったようね。さーてもうあんたの好きにはさせないわよっ!』
『なぜ!?おまえがここに・・・おまえはアーメンオーメン様に眠らされていたはず!?』
“ここはどこ・・・?”
『マジカルスーツのおかげでアーメンオーメンの魔術の効きが半減していたようね』
“うあー、よく寝た・・・あれ、ここどこ?”
『く、くそー、こうなったらお前をこの手でほうむりさってやる!』
“あなた方はどちら様・・・ですか?”
『やれるもんなら、やってみなー!』
“って、私何でこんなところで寝てるの、記憶がないんだけど・・・あのーすいません”
「ん!?」
アニメに夢中になっていた慶太が、やっと画面のセリフ以外の声に気がついて振り返った。
「・・・すいません、あの、ここはどこですか?」
さっきまで死んだように寝ていた5人の少女たちがベッドから起き上がり、きょとんとした顔あるいは不安げな顔をして慶太を見ていた。
「ああああ・・・あわわわ・・・やなななな・・・」
動揺しすぎて何も返答できず、慶太はただ不気味な表情を浮かべ、まごついた。
「やだっ、ひょっとしてここって・・・ヘンタイさんのお部屋ですか・・・?」
一人がそういうと少女たちは一斉にニガイ顔になった。
「あわわわわわわ・・・ちちち違います、違います!」
慶太は必死に身振りを加えて否定した。
「・・・そんなコスプレしてアニメ見てますけど・・・?」
「えっ、あわわ・・・・・・あっ、そうか・・・」
慶太は自分が着るエチカの制服を手でなぞり、そしてアニメが流れるDVDプレイヤーをあわてて停止した。
「・・・あのホントにここどこですか?」
「そ、その・・・き、君たちは気を失って倒れていたんだ・・・ここは医務室だよ」
「気を失っていたの・・・わたしたち?」
「そうなんだ・・・もう半日以上・・・、何から話せばいいのか・・・とにかくいろいろと話さなければならないことがあるんだけど・・・トトトトリコマレてしまって・・・えっと・・・」
すべて話したほうがいいのか?・・・慶太は落ち着くよう自分に言い聞かせ、すぐにできるだけさわやかに振舞った。
「ゆっくり話すよ。そうだウェル、彼女たちに何か飲み物を持ってきてくれるかい。それからみんなに・・・あっザノビスさんとシーンはいないのか・・・意識が戻ったことを伝えてきてくれないか」
「オーケー マカセロ」
ウェルは宙に浮いてクルクルと回転しながら医務室を出て行った。
その様子を見て五人の少女たちは目を丸くした。
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「ホントに私たち今未来にいるの!?」
サーシャと霞乃子とあかね、そして飲み物を運んできたウェルが医務室についたとき、
慶太は大筋のことを彼女たちに説明し終えていた。
「ええ、本当よ。こんにちは、私はサーシャ・夏目といいます」
「美咲霞乃子です」
「三田倉あかねです」
「あっ・・・ど、どうもこんにちは・・・」
少女たちは医務室に入ってきたサーシャたちに会釈した。
「慶太、彼女たちには・・・どこまで話をしたの?」
「はい・・・、ここが2109年であること、彼女たちが誰かから解離した存在で、この艦になぜか迷い込んでしまったこと、あと僕が100年前の世界にあこがれていること・・・までです」
彼女たちが元の精神、そして肉体に戻ることは限りなく困難である、というスピカの解答については話していないのだとサーシャは悟った。
「そう、あなたたちはとても特殊な空間からここに迷い込み、特殊な存在として今ここにいるのよ」
少女たちは、何度か深くうなずき、そして瞳を輝かせていた。
あかねが少女たちの反応を見てすこし不思議に感じながら、
「とんだ災難だったわね。いきなりこんなことになっちゃって」
と確かめるように声をかけた。
「あっはい・・・、そうですね・・・でも・・・すごいですよね、なんか・・・指名手配の未来の宇宙船の中にいるなんて、きゃはっ・・・すごいね私たち」
一人の少女が落ち着かないように髪の毛をいじりながらそういうと、ほかの少女たちが微笑んだ。
「うん、すごい・・・かっこいくない?アニメの世界みたい・・・なんちゃって」
別の少女がそうつぶやいた。
あかねはいよいよわけがわからなくなった。それはサーシャと霞乃子も同様であった。
ただ一人慶太は少女たちと一緒になって微笑んでいた。
「でも、やっぱりまだ信じられない・・・ホントにここって100年後の未来なの?」
「もうすぐザノビスさんとシーンが戻ってくる。そうしたら宇宙に戻りフォトンベルトに入るんだ。きっと実感がわくと思うよ」
慶太は笑顔で少女たちに語りかけた。
「わー!よくわかんないけど、なんかドキドキするー!!」
不可解だけど、ふさぎこんで泣きじゃくるよりはまあ何倍もましね、サーシャはそう思うと同時に彼女たちのはしゃぐ姿をながめながら穏やかな気分にさせられるのを感じた。
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シリアスな内容の反政府連盟共闘会議から戻ったザノビスとシーンはまず彼女たちの意識が戻ったことを知りおどろき、また、そのまさかのはしゃぎように面食らった。
「とにかく地上に長くとどまるのは危険だ。すぐにフォトンベルトに向かおう」
「はいっ」
エチカの面々は足跡一つ残さず、光学迷彩を施したアガルマで人工フォトンを経由し、
また宇宙へ旅立っていった。
公安警察が彼らの足取りをつかむのは、至難の業であろう。
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安定圏内に入ったころ、慶太はアガルマを自動操縦に切り替え、五人の少女たちのいる補助待機室を訪れた。
実体として存在していなかった5人の少女たちは名前を持っていないのでは?そう思いながら慶太は彼女たちに「何て呼んだらいいかな」と尋ねた。
彼女たちは意外なほどあっさりとそれぞれの呼び名を順に名乗った。
その名前はさっきまで忘れていたのに聞かれた瞬間、不思議な感覚とともに、ふっと脳裏に浮かび上がったのだという。
アリース
ミコス
ウルルース
アーンス
マイース