004
アガルマの医務室でサーシャとシーンは「侵入者」たちの様子を見ていた。
「気がつかないわね・・・それどころかピクリとも動かない。もう3時間経つけど・・・この娘たち、何者なの?」
「さあな・・・」
疑念が膨らむいっぽうのサーシャとシーンの目の前では、侵入者と呼ぶにはいささか迫力に欠けた5人の少女たちが、医務室のベッドで横になり、みな一様に目を閉じて涼しげな顔をしている。
身分を特定できるようなものは何も所持していなかった。
「実際のところどう考えてる?サーシャ。こいつらのこと・・・」
シーンが目つきを鋭くさせてサーシャを見た。
「たぶん」と前置きしてサーシャは続けた。
「異星人からのコンタクト」
「おい、冗談が似合ってないぜ。まじめに答えてくれっ」
「あら、ごめんなさい。そうね・・・いろいろ考えられるけど」
シーンはゴクンとつばを飲み込んだ。
「日本政府の線か・・・反政府連盟のセクトの線。」
「セクトが?政府の追っ手という線はもちろん俺も考えたけど」
「セクトによる地上でのオルグ活動はまた活発化しているようだし、それから後々の党派争いをみこしての動きのひとつかもしれない」
「だとしたらランセーズ・・・いやテウカウ・・・菊丸派かっ!?」
「わからないわね、どこも可能性あるわ。それからまだ理由がある。私たちの艦が持つスーパーサブカライト。」
「スーパーサブカライトか!?」
「まだその価値は未知数だけどその存在は反政府連盟も日本政府も、もちろん知っている。そしてすでに何らかの可能性を感知しているかも知れない。」
「とにかく俺たちの艦に侵入者が現れることに、なんら不思議はないってことだな。理由はいくらでもあるか。」
「それから日本政府だけど最近、時空内の反政府連盟に対して公安特別警察を組織したといわれてるのよ」
「ほー、ただの公安じゃなさそうだな」
「それにしても・・・」
サーシャは一向に目を覚まそうとしない少女たちに目をやった。
「工作員の類にはどうしたって見えないわね。彼女たち。」
「まあな・・・。どうやってこのアガルマの中に入り込んだんだ。しかもあんな格好で。普段着だろ、どう見ても」
「フォトンベルトでは物理法則を飛び越えてしまうことがままあるわね。見た目で判断はできないわ。油断を誘う常套手段でもあるし」
「うむ・・・。そういえばエンジンルームでこいつらを発見したとき、慶太が変なことをいっていたな…こいつら、服装からして2008年上の存在じゃないかって・・・」
「え?それこそいったいどうやってアガルマに入り込めるのよ。だいたい2008年の時点でフォトンベルトの存在自体発見されていないのに」
「たしかにそうだな・・・」
シーンは苦笑いを浮かべ、頭の後ろで手を組みながら天井を見上げた。
「それにしても、ザノビスはまだ艦長室に閉じこもったままか」
シーンがそう言うのと同時に医務室のドアーが開いた。
ザノビス、そしてウェルも一緒だった。
「すまん、待たせてしまったな」
いつもと特に変わらない落ち着いた表情のザノビスに向かって、せかすようにサーシャがたずねた。
「それで何か分かった?スピカの解答は?」
「おおよそのことは・・・。ひとまずブリッジに戻ろう、ここはウェルに見ていてもらう。多分危害は無さそうだ」
シーンは少し唖然とした顔でザノビスを見た。
「本当に大丈夫かよ?油断し過ぎじゃないか?」
「ココハマカセロ モンダイナイ」
シーンは口をぽかんとさせ、そしてウェルのほうへうなずいて見せた。
「・・・・・」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
アガルマは安定値を保ったまま2048年の時空を通り過ぎようとしていた。
ブリッジで慶太、あかね、そして霞乃子は、それぞれに医務室に寝ている侵入者たちのことを考えていた。
ブリッジのドアーが開きザノビスたちの姿が現れるのを三人はいっせいに振り向いて見た。
「みんな集まってくれ」
ザノビスがそういうとクルーたちはブリッジ中央に集まり腰を下ろした。
みなの目線が自分のほうへ揃うとすぐにザノビスは話し始めた。
「まず、彼女たちはわれわれに危害を加えようとする存在ではないようだ」
「何者なの」サーシャが訊いた。
「あの娘たちの生命データからスピカの計算と私の推論を重ね合わせた結果・・・」
話しながらザノビスは一瞬慶太のほうを見た。
「彼女達は2008年の存在のようだ。」
慶太は顔色を変えなかった。
サーシャとシーンは顔を見合わせ、あかねと霞乃子は眉間にしわを寄せた。
誰も言葉を挟まないのを確認しザノビスは続けた。
「ただ正確には『存在』と呼べないのかもしれない。彼女達は2008年に実在するある人物の精神の中で、解離が生んだ別人格、それが物体化した特殊な存在である可能性が高い。そして・・・」
「ちょ、ちょっとごめんなさい。あの、まったくわかりません」
あかねがあわてて口をはさんだ。
「すまん。そうだな・・・多重人格という言葉は聞いたことがあるだろう。多重人格は解離のひとつといえる。しかし解離はもっと一般的な精神の現象でもある。人は精神の許容範囲をこえた出来事や心理状況に出くわしたとき、無意識の中でその感情を切り離す。これが解離だ。もっと身近なところでたとえば、何度も繰り返し決まって同じ言葉、単語を忘れてしまうことはないか?今度は忘れないようにしようと思っても、次の日その言葉だけはどうしても出てこない。こういった記憶に関する現象も解離が関わっているかもしれない・・・」
「んー、それで、あの娘たちはその解離が生んだ、何者かの別人格ってこと?」
「そうだ、しかもその別人格が宿主の精神からも肉体からも解離し、地上を離れ、フォトンベルトで物体化し、そしてこのアガルマに取り込まれた。」
「それこそ私の精神の許容範囲を超えた話ね」あかねがそう言うとシーンが「まったくだ」と続いた。
「われわれが所有するスーパーサブカライトと彼女たちとの異常な反応、それからフォトン−光子の作用、それらが複雑に絡み合って何十億分の一の確率で起きたようだ。」
「スーパーサブカライト・・・」
霞乃子がやはりそうつぶやいた。
「それで、彼女たちはこれからどうなるんですか?」慶太が訊いた。
「なんとも言えない。このまま眠りから覚めないということもありえるようだ。それから解離のもととなった実在する人物の特定は非常に難しいだろう。フォトンベルトが2008年上を過ぎ去ってしまった今、われわれにはどうすることもできない」
「彼女たちが目覚めない可能性は!?」慶太は強い口調になって訊いた。
「50%ほどだ」
「そんな・・・」
うつむいて目を閉じた慶太の心情を察してザノビスが言った。
「100年も前の存在と接触を果たしたこと、慶太にとっては願ってもない幸運かもしれない、だが・・・」
途中で口ごもるザノビスのあとをサーシャが引き継いだ。
「彼女たちにとっては・・・解離による自分たちの虚ろな存在、その危うさに耐えられるかしら。そして何よりこの状況。ここにいれば必然的に彼女たちには関係のない100年後のごたごたに巻き込まれるのよ・・・かわいそうだけど目覚めないほうが彼女たちにとって、いいのかもしれないわね」