003

一瞬何のことだか分からなかった。
文脈がでたらめの幼児の言葉を理解できないように「シンニュウシャ」という単語の意味を受け入れるのには、
一瞬の間が必要だった。

冷静なサーシャが躊躇いがちに言葉を発した。
「た、確かに、エンジンルームに生命反応が・・・5つ確認できるわ」


「侵入者って!?そんなことありえるわけーー!ひょっとしてエイリアン!?映画じゃないんだからっ」

甲高い声を上げるあかねに対し、もっとも素直な反応だと思いながらも
センサーに反応した生命体の存在を自ら確認したザノビスは、戸惑うよりも先に、
いや戸惑いそのものを打ち消すかのように、クルー達に指示を出した。

「霞乃子はエンジンルームがあるブロックの閉鎖を急いでくれ、サーシャはM2機関のパワーを
極限まで落とすんだ。あかねはアガルマを自動操縦に切り替え、そのまま停泊モードに。」
「はい!!」

「シーン、慶太。我々は武器を持ってエンジンルームへ向かうぞ」
「了解!!」

フォトンベルトの幻想的な雰囲気に包まれ目をくらませられそうになっていたクルーたちだが、
実体的なものとの遭遇を感じ、己の実在を呼び戻されたかのように反射的な防衛本能のもと、
俊敏な動きで戦闘準備を整えた。

「わたしもあとから向かうわ」
サーシャがそう言うと「頼む」とだけ告げて、ザノビスは、シーン、慶太とともにブリッジをあとにした。

残されたサーシャたちは釈然としない不安の中、ただ作業を進めるほか無かった。


ブリッジを出てエンジンルームに近づくほどに慶太の動悸は強まっていった。
その様子を察知したザノビスは慶太に擦り寄って言った。

「慶太怖いか?・・・・・俺も怖いよ、当然のことだ。」
すぐには返答できなかった。
ザノビスの言葉で、自分の中の恐怖を客観的に確認した慶太は、その感情がなぜか他人のもの
のように感じられてきた。
慶太は不思議な感覚にとらわれながら答えた。
「大丈夫です」

3人はすでにエンジンルームがあるブロックのそばまで来ていた。

「霞乃子聞こえるか」
ザノビスがインカムで、ブリッジにいる霞乃子に応答を求めた。
「聞こえるわ」

「エンジンルームの生命反応の様子はどうだ」

「まったく動きがありません」

「どういうことだ?」

「言葉のとおりです。5つの生命反応はどれも、現れたその場所から1cmも動いていません」

「・・・そうか、わかった。1分後にブロックの閉鎖を解いてくれ」

「はい」


不可解な目標に対し増幅する気味の悪さを覚えつつ、ザノビスは二人に目配せをした。
閉鎖が解除されたら直ちに「行くぞ」という合図であった。

「開きます」
霞乃子の声がインカムから伝わった。

ギシンという音とともに強化扉が中央から割れ、通路の両サイドへ重々しく納められていった。
エンジンルームは目と鼻の先だった。

シーンが我先にと突き進み、エンジンルームのドアーに駆け寄り開閉レバーをつかんだ。

ザノビスと慶太はシーンの後方で銃を構えた。
レバーを下ろし低い体勢から肩でドアーを押し開け、そのままの勢いで前転し、シーンも銃を構えた。

3人は目の前の実体を確認し、反射的に引き金を引こうとしたが、

それを止めた。


エンジンルームの床に無造作に転がったような状態でピクリとも動かない5体の目標を確認したのだった。

「人間・・・」
少し間をおいて

「死んでる?」
と慶太が言った。

3人はそれぞれ銃を構えたまま、ゆっくりと目標に近づいていった。

ザノビスは5体のうち、まっすぐ仰向けに倒れている者のすぐ傍にしゃがみこんでその首筋に手を当てた。

「・・・生きている」

「全員、女だ・・・みな若い」
シーンは天井を見上げ一息つくようなポーズになっていた。

「敵」では無いな、と3人はそれぞれに思った。涼しげな表情で横たわる彼女らは、
誰も武器らしいものを持っておらず、何よりその格好は日常生活を営む者のそれであった。

フォトンベルトに逃亡した反政府組織エチカの時空艦内は、彼女らが登場するシチュエーション
としてこれ以上似あわないものもなかなか無いな、
そう思いながら
「服装から見て、間違いなく我々の時代の人間ではない・・・過去の・・・2008年の存在・・・でしょうか?」
と目の前の現実を説明しようと言葉にした途端、慶太はその滑稽さに少し羞恥の感覚を覚えた。

慶太の発言にあまり関心を寄せずシーンは、足元でくの字型に横たわる女の子の肩をゆすってみた。
「動きそうにないな」

「とにかく医務室に運ぼう」
ザノビスがそう言うのと同時にエンジンルームにたどり着いたサーシャは、目を丸くして周囲を見渡し、状況の半ばを理解して
「ウェルにタンカーを持ってこさせるわ」と言った。

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正体不明の5名の侵入者が医務室に運ばれているころ、ザノビスの指示を受けたあかねは低エネルギーを保ったアガルマをゆっくりと時空の果てから遠ざけていた。

アガルマが2019年時空上にさしかかろうとしたとき、「時空の果て」は2008年上から姿を消した。その瞬間ザノビスたちの時代は2109年を迎えたのであり、フォトンベルトもまた2109年―2009年、100年間の時空上へ移動したことになるのであった。

ひとり艦長室の椅子に深く腰掛け、頬杖を付くザノビスの脳裏には、ふと浮かび上がる言葉があった。



“トリコマレ”